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海月さん (92an6shf)2024/6/12 01:58 (No.107340)削除
廃倉庫での取引から暫く過ぎたある日の事。その日は一日曇り空で、薄暗い雰囲気が妙に気持ち悪い日だった。いつも窓から見る鳥達も心なしか元気が無い。
それは人間においても同様で、斬樂々は部屋のソファに全身を沈めていた。上司の男、もしくは聖女様が居れば「はしたない」と怒られただろうが、あいにく今はそれを注意する人もいない。
「憂鬱……だなぁ〜。ニーアもあいつもいないし…。憂鬱で、退屈だなぁ〜。」
寝転んだままテーブルの上の菓子に手を伸ばすが、僅かに届かない。普段なら少し起き上がって手に取っただろうが、あいにく今の斬樂々に起き上がるだけの気力は無い。死んだ両親の魂が宿ったのか、自堕落な娘を眺めていた刀が少しガッカリしている様に見える。

その部屋のドアをきぃと開く音がした。
「おや、斬樂々。随分と気分が落ちているようだが、何か良く無いことでもあったのかな?」
ドアの向こうから入って来たのは、黒いレースの目隠しをした女性。高貴な杖を持ち、ジャケットを羽織り、そしてスーツを着ているので一瞬男性と間違えそうになるが、その声色、その肌色、そしてその髪の美しさが彼女を女性と声高に示していた。
「わぁぁぁコラプスさん!?いえ!やる事がなくて少し不貞腐れていただけです!」
寝耳に水を垂らされた様にその体を跳ね上げた斬樂々が、コラプスと呼ばれた人の側に駆け寄る。
「あぁ、斬樂々、大丈夫。ここは慣れた場所だ。物の位置は分かる。あの男が突発的に模様替えなどしない限りはね。」
コラプスはインテリアに手を触れながら、いつも斬樂々の上司が座る椅子にまで向かう。その様子を見るに、彼女は眼が見えていないことが見て取れる。
「さて、ここ最近はどうもきな臭いね。特にあの男の周辺が。」
「あ、やっぱりコラプスさんの耳にも入ってましたか。なんか…怪しい事やってるっていうのは。あ、紅茶です、どうぞ。」
上司には茶の一杯も淹れない斬樂々だが、今回は率先して一杯の紅茶を淹れていた。
「うん、ありがとう。……その件だが、私の斥候部隊がM.O.Dの方で不穏な動きを見受けたと報告に来てね。全員何か同じ依頼を受けた様に動いている様なんだ。依頼主を調べてみたところ、全員別々の人物から全く同じ依頼を受けているという。普通の調査なら……依頼主を訪ねて目的を聞けば良いが、今回は依頼主を訪ねても意味がないだろう。」
コラプスが話の合間に少し紅茶を口に含む。その様子を緊張して眺めていた斬樂々だったが、直後のコラプスの優しい微笑みにその緊張が解かれる。
「私は、こういう手口で本当の依頼主を見えなくさせる奴を知っている。特に今回の様に幾つもの罠を情報に仕込めるやつは、おそらく奴しか居ない。」
デスクの上に手紙が置かれる。手紙にしては妙な折り目がついている。
「これが依頼内容を記した手紙なんだが、この手紙を一定の規則に従って折り曲げてやると……」
「あ、読める文字と読めない文字が出てきた……えーっと、『親愛なる貴方へ インヴィ』……。あー!この名前って!」
「そう、私たちの上司だよ。彼は名前を伏せて依頼する際、相手に名前を教えないという不誠実な対応をしない為にこういうトリックを仕掛けるんだ。勿論、こういうトリックがある事は相手には教えない。でも、これを仕込んでおけば、名前を伏せて相手にだけ手を汚させようとする小狡い奴ではないと、言い返せるだろう?とまぁ、こういう物を見つけてしまったからには、何か起きてると言わざるをえないだろう。」
やれやれという気持ちを込めたため息を吐き、背凭れに寄り掛かる。
「斬樂々には、迷惑を掛けるね。」
「いえ!あたしとしては、役に立つチャンスを沢山貰えているのでありがたい限りです!」
「ふふっ、そう言ってもらえて助かるよ。やり甲斐で搾取するのは申し訳ないから、何か希望があればすぐに言うんだよ。斬樂々の働きなら、文句も出ないだろう。それにしても、この紅茶は美味しいね。どこの茶葉を使っているんだい?」
「あぁこれは最近揃えた茶葉でして、いろんなお菓子に、あ、お菓子も用意しますね!」
暫く給仕係となった斬樂々がコラプスをもてなしている内に時間は経っていき、時刻は夜を迎えようとしていた。

一方、斬樂々がソファに沈んでいた頃、人知れず教会に訪れていた男がいた。
「もし、聖女様。少しお話良いかな。」
「その声は、インヴィさんですか?突然どうされました?このような所に。」
教会の中に人はおらず、曇り空ゆえか、教会内も少し暗い雰囲気が包み込んでいる。いつもは神聖さを感じる十字架も、今日はどこか恐ろしい。
「いやぁ、そろそろ俺も懺悔の一つでもしておこうかなと思ってね。」
「おや、インヴィさんもこの世から離れようと…?」
「おっと、そうだった。君に懺悔すると死ぬんだった。危ない危ない、ってそうじゃなーい。話が逸れちゃった、逸らしたのは俺か。」
「そうですよ?今私に罪はないです。」
「じゃあ気を取り直して。率直に言うと、俺達これから危うい橋を渡る事になるけど、着いてくる気ある?勿論これは強制じゃない。だけど、成功すれば、君はもっと多くの人を救えるよ。これは確実に言える。」
「インヴィさんが、私の『救済』を理解した上でその発言をされているのでしたら、私にそのお願いを断る理由がありません。私も僅かですがお力となりましょう。」
「我ながら、聞き方がちょっとズルかったね。でもニーアちゃんの了承を得られて、俺は嬉しい。いや、了承を得られなかったとしても、それはそれでまた別の嬉しさがあったけど……はは、今は語るべきでもないか。」
「インヴィさんがいつも何か悪巧みをしているのは存じております。それが私たちのためであると言うことも重々承知しております。ですから、たまには私も貴方に恩を返したいのですよ。」
「斬樂々にも同じこと言われるけど、俺別に君達に恩を売ってるわけでもないんだけどなぁ。むしろ俺の方が助けられてるって言うか…、あーでも、君達の好意を無碍にするのも良くないな。よし、男インヴィ、覚悟を決めよう。」
勇ましく立ち上がった彼は懺悔室のドアに手を掛ける。
「じゃあ、また何か連絡があったら来るよ。今度は君の好きなブリオッシュでも用意してくるよ。」
「ではまた、インヴィさん。私の好きなものはデニッシュですよ。」
「……間違えるところだった。」


そして、その日の夜のこと。
「インヴィ。お前、自分の計画を子供達に伝えていない様だな。」
「あぁ、俺もまだ覚悟が足りなかったみたいでね。でも、今日で決心がついた。俺はやるよ。」
「ニーアはまだしも、斬樂々はお前の力になりたがっている。少しは頼ってやれ。」
「あっはは……そうなんだよねぇ。俺が求めてる以上の働きをしそうで怖い怖い。それで少し連絡が億劫になってたって所も、あるかなぁ……。」
朧に浮かぶ月明かりが屋上を照らしている。そこには2人の人影があり、片方は建物の淵に座り込み、もう片方の杖を持った人物は座り込んでおる人影の裏に立っていた。
「……組織を裏切るのか?」
「いやいや!まさか!俺は皆大好きなんだ!裏切るなんてとんでもない!…ただ、そうだな。一部の連中は、俺の行為を裏切りだと囃し立てるかもな。」
「もし計画が失敗すれば、お前と私は勿論、子供達も死ぬ事になるぞ。」
「いーや、そんな事はさせない。死ぬのは俺1人で十分だ。それに、組織に希望がないわけじゃない。俺はまだ一度ちらと見た程度だが、幹部には聡明な方もいるだろう。俺の行為の真意を理解してくれる人だっているはずさ。」
「なら、その件は伝えておけば良いじゃないか。」
「はは、それが出来たら良かったんだけどね。ま、そこは花屋さんとのお約束。俺の上の人には話を通すな、ってさ。向こうの皆さんも何度かこっちの仕業で辛酸を嘗めてるんでしょ。俺個人は信頼してくれてるけど、組織は信用できないって人が多いらしいよ。」
「お前も苦労人だな……いや違うな。お前は進んで苦労を買っている。」
「厳しいねぇ。でも、言い返せないなぁ。実際、俺に直接何か利益がある訳でもないしな。」
「白と黒、2つの情報を織り交ぜ、提供する。白と黒の情報伝達方法……。ふっ、新聞社でも開くつもりか。」
「新聞社……、はは、それ良いね。採用。『Paper』とでも名付けようか?」
「名前にこだわりは無い。」
「ラプスはそう言うとこ素っ気ないよねぇ。」
「……2人きりとは言え、外ではその名前で呼ぶなと言ったはずだが?」
「あぁ、ごめん!考え事しながらだったからつい!ごめん!」
「お前の一定の分野における記憶容量の少なさは何とかならないのか?お前の耳に入っているかは知らないが、子供達から苦情が来ている。」
「え!?マジ!?苦情!?」
「以前お前ニーアにデニッシュを買ったと言っていたが、届けられたのはブリオッシュだったと言っていたぞ。さらに斬樂々も少し怒っていた。頼んでいたお菓子と違うものがたまに用意されているとな。」
「いやあ、俺もねぇ、忘れてる訳じゃ無いんだけど……、店頭で美味しそうな物見るとそっちに引っ張られちゃって……。ま、次から気をつけるよ。」
「冗談だ。お前の記憶力は信頼している。大方2人の為に人気店に並んだは良いが、頼まれていた物、もしくは好物が売り切れていたから、代わりの物を買っているんだろう?全く、お前は子煩悩な奴だよ。」
「俺からしたら、コラプスも子供達の悩みを聞いてあげるあたり子煩悩だと思うけど?」
「不思議とな。長く暮らしているから放っておけないんだ。」
「俺も同じ。血縁でも無いし、何なら年齢も親子ってよりはきょうだいって感じだけど、存在しないはずの親心が芽生えるんだよな〜。」
「じゃあ、子の成長を見守り、支えるのも親の役目だな?」
「あぁ勿論。俺は家族を守るよ。」
インヴィは建物の縁に立ち、背後にいるコラプスに向き直る。
「たとえ裏切り者のレッテルを貼られて、組織から狙われたとしても。」
聞かなくてもわかるよな、という意味を込めた笑みを浮かべ、その上で宣言する。


「俺は、家族の味方だよ。」
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海月さん (92an6shf)2024/6/6 17:00 (No.106963)削除
人気の無い港にある使われていない倉庫。塗装が剥げ、所々にヒビの入った外装が、手入れの不十分を物語る倉庫は、密談をするのにはお誂え向きな場所だった。
それに今は夕暮れ。薄明かりはそういう密やかな集まりをするのに丁度良い。昼間は溢れるほど居た水夫も、今は誰1人としていない……いや、居るには居るが、こんな使われても居ない倉庫に注目する程物好きな水夫は居なかった。

「じゃあ、(モグモグ)俺らと協力するって事で良い?」
「言い方が悪い、『協力』じゃない、『家族になる』んだ。君の言葉を借りるとね。」

倉庫の中は見た目通り清掃も行われていない、窓から少し差し込む陽光が周囲に浮遊する埃を照らす。その薄らとした明かりが、建物内の奥、少し小綺麗な丸いテーブルと、向かい合って椅子に座る2人の足元を照らす。

「ははっ、あんたも家族の良さが分かるのか。意外だな。あぁ、悪い。悪気があって言ってる訳じゃ無い。」

そう語るイーサンの表情は見えないが、その嘲るような口調と声色から、若干口角を上げ、笑顔を浮かべているのだろう。

「いやいや、貴方ほどじゃ無い。今も俺は擬似的な家族を構築してる。似た物同士だと思ってな。」

対照的に対面の男はずっと変わらぬ声色だ。その一切の揺らぎのない態度はある意味での信頼感でもあれば、またある意味での不信感でもあった。

「この話し合いを経て、俺とあんたは家族だ。しっかし不思議なもんだな。あんたの所の上、こういう話し合いもダメだって言うんだろ?下は組織の為にって思ってやってるのにさ。」
「組織、とは往々にしてそう言う物さ。上の意志と下の意志は食い違うことが殆どだ。だが、そう言う食い違いにこそ、発展の余地が残されている。人間は、1人の持つ意志では完成に至れない様に、組織も一つの意志では完成に至れない。」

テーブルに置いてあったペンを摘み上げ、書く方をテーブルに付け手を離す。当然ペンはカタンと倒れてしまう。コロコロと転がるペンが地面に落ちる。

「支え合うことが大事なんだ。それこそ家族の様に。家族は、複数の意志が集まった共同体だ。家族もある意味で組織と言える。そうした組織こそ、より強固な絆を育めると思わないかい?」

地面に落としてしまったペンを拾い上げ、テーブルの他のペンを2本ばかり手元に寄せる。その3本のペンを使い、3本がお互いを支え合う様にタワーを作る。

「一つより、二つ。二つより、三つ。お互い、支え合う関係となりましょう。」
「気に入った。俺達とあんた達なら、大きい事、出来る気がするよ。」

対面の男が差し出す手を、イーサンは菓子を置いてから取った。ビジネスライクでは無い、本当の絆を誓った握手だ。

「失礼、不用意に握手を求めてしまって。貴方は常に食事をしなければならないと言うのに。」
「あぁ、気にするな。少しの間なら食事しなくても大丈夫だ。あんたが健康体のお陰で俺も幾らか楽をさせてもらってる。あぁ、もしかしてあんたの目の前に置いてあるケーキを食わないのは俺を気遣ってのことか。」
「それもありますが、俺はまだそこまで気を使えるほど出来た人間じゃ無い。単に埃っぽい所での食事が苦手なだけですよ。」

男は少し鼻を啜る。こんな所に長時間もいれば、常人なら鼻が詰まるだろう。

「それはすまない。あんたの身を考えるなら、誰にも見つからない様なところの方が良いだろう?」
「いやはや、全く自分の所属する組織ながら面倒な事です。非常にくだらない瑣末な事を裏切りと称するばかりか、あまつさえ裏切りには死という旧い前時代の考えだ。組織が緩まないよう絶対的なルールを施行する事には賛成ですが、いかんせん内要がいつまでも改善されていかないのでは、意味が無い。」
「随分と散々な言いようだな。組織が嫌いなのか?」
「まさか!大好きですよ。ボス含めて、みんな大好きです。でも、皆の事を思うのなら、いつまでも旧い時代の考えではいけない。家族では無くなったからと言って、一方的に切り捨てる様なことがあってはならない。」

テーブルの上に刀身から柄までが緋に染まった短剣が置かれる。明かりは足元しか照らせない心許ないものであるにも関わらず、その刀身は煌めく緋を灯していた。

「俺達の目的はお宝の確保。独占…という目的は『競争を生む』という点では優れている。だが、競争は…無駄が多い。」
「実際そうだしな。現に俺達は今、競争という手段を取らずとも、お宝を手に入れている。」
続いてテーブルには黒い立方体が置かれる。こちらも光沢を持っており、暗い背景であるにも関わらず、妖艶な黒紫を反射している。
「確かに、この『黒棺』。受け取りましたよ。」
「こっちも『緋の短剣』、確かに受け取った。」

窓から差し込む明かりが無くなりかけた頃、話も終わりの方向へ向かっていった。

「そういえば、貴方の方は大丈夫なのですか?この件、問題になるのでは?」
「あぁ、俺の所は『お宝を取る』『邪魔な奴は殺す』の2点だけ守っておけば問題ないだろ。(モグモグ)少なくとも、今あんたは俺にとって邪魔じゃ無い。」
「ははは、そちらのルールが羨ましい。俺は何人か「裏切者」として粛清されてきた奴を見てきたが、あれは一度でも家族とした相手に出来る事じゃない。つまり、あいつらは俺たちを家族だと思ってない。奴らが大事にする掟の言葉を借りるなら、奴等の方が俺たちに対する「裏切り」だ。」

箱を手にした男の足元に這い寄る小さな虫を、怒りに任せて踏み躙る。すぐさま冷静を取り戻し足を上げるが、そこに死体はなく、また元気に地面を這い回る虫の姿があった。

「(モグモグ)俺の目の前で殺生はやめてくれよ?疲れるからな。」
ビスケットを一つ、二つと口に放り込んでいく。

「つくづく、あんたの家族観とは話し合う。家族のフリをしながら、家族に仇を為す奴にこそ、粛清が必要。全くもってその通りだ。俺達で、あんたの所の厄介事、解決してやろうじゃないの。」
「これから末長く、よろしく頼むよ。」

太陽の灯りもすっかり消え掛かった頃、港含め、街にはガスの灯りが灯り始める。倉庫内は例外だった様で、暗闇の帷が降りてしまう。

「では、俺は先に失礼するよ。護衛がずっと外で待ってるんだ。彼女は些か短気でね。きっと今頃、帰りの遅い俺にイライラしている。誰かに迷惑をかけるといけない。」
「誰かに迷惑……あぁ、そうだな。迷惑をかけるといけない。」

倉庫の重い扉を少し力を入れて開く、ガスの淡い灯りが男のシルエットを照らす。

「やぁ、お待たせ。っと、いきなりだねぇ!帰ったらスイーツがあるよ。帰ろう。」

その茶髪の男は、ドアの傍で不機嫌そうに待っていた女性に視認されるや否や蹴られそうになる。が、それを予期していた様に一瞬身を室内側へ引く。

「あたしがスイーツで全部許すと思ってるのか!全部よこせ!」

日本刀を携えるその女性は可愛らしい不機嫌を茶髪の男に投げつける。

「俺が中でどんな話をしてたとか聞かなくて良いのかい?気にならないのかい?」
「気になるし、聞きたいけど、聞かない方が良いんだろ?あたしとあんたの間には上下関係があるけど、それ以上に家族って方が強い。家族なら寄り添うことも大事だとは思うけど、時には知らないふりをすることも大事だと思うんだ。だからせめてスイーツを全部よこせ!」
「あぁ、わかったよ。好きなだけ食べてくれ。斬樂々が気にいると思うスイーツを沢山買って来ているんだ。」

倉庫を背に離れていく2人の姿。イーサンはその擬似的な家族のやり取りを、倉庫の入り口から眺めていた。

「やっぱあの男と話したのは正解だった。俺の目に狂いはなかった。俺たちなら、確かに作れる気がする。新しい『家族』……。」
「お前、また家族増やしてんのか?」

いつの間にか現れた銀髪の男が、倉庫の屋根から音もなく飛び降りる。

「あぁ、家族は多ければ多いほど良い。守る物があるほど、人間は強くなるんだ。君は一生理解できないだろうけど、それでも君の事は家族だと思ってるよ。」
「お前、一度自分の言動を見直した方が良いぜ。立ち振る舞いからセリフに至るまで全部裏切るやつの態度だぞ。」
「俺が?まさか、俺は家族を裏切らない。証拠に、ほら。」

イーサンは先ほど受け取った緋の短剣を銀髪の男に手渡す。丁寧に刃先が相手に向かないように。

「これ、お前探してたんだろ?プレゼントだ。」
「……フッ、プレゼント、ねぇ。だったら俺は黒棺の方も欲しかったんだけどなァ?」

受け取った短剣を握るや否やイーサンに刃を向ける。その眼差しには本当にイーサンを殺しかねない殺意が宿っている。

「おいおい、俺は君が緋の短剣を探してるって言うから、持ってる奴と交換したんだぜ?あとからあっちも欲しいなんて言われても、それは道理が通らないぜ?」

刃先に指を押し当て、短剣を押し戻す。指先は少し切れて、微量な血液が滲む。

「君がもし、あの箱を欲しいなら、それこそ「殺して奪え」じゃないのかい?でもまぁ、彼らが俺の家族である限り、そんな真似はさせないけど。」
「お前、白と黒、どっちの味方なんだ?」

嫌気がさした様な顔で、銀髪の男が尋ねる。その質問にイーサンは迷う事なく答える。




「俺は、家族の味方だよ。」
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海月さん (92an6shf)2024/5/20 01:18 (No.105702)削除
赤い煉瓦の外壁、いかにも西洋チックな建物の一室。食器の音と、コーヒーを淹れる音が少し開きっぱなしのドアの向こうから漏れてくる。
「裏切り者がいるってぇ?へぇー、初耳。私そいつ殺してくれば良いの?」
朝食を貪る斬樂々が、椅子に腰掛ける茶髪の男に尋ねる。
「あぁそうだ。俺調べ、ではあるけどな。だが、上に通すには些か証拠が弱いし、それに幹部方の手を煩わせたりするのも、俺達の信頼性に影響が出てくる。だから、斬樂々には秘密裏に、全員を消してきて欲しい。」
その男が手を組み、神妙な面持ちを見せる。
「今回の件、まだ上の幹部方は気付いていない。勿論、幹部方が無能だと言っているわけではない。この件は、まだ関係者の中でしか話が出回ってないんだ。きっと、それだけ警戒しているんだろうね。」
「なんであんたはその情報を掴めてるんだ?あんたが実は裏切り者だったりして。」
「あぁ、違う違う。刀から手を離してくれ斬樂々。単純に、俺の諜報能力が高いだけだ。落ち着いて落ち着いて。ビークール、ビークール。」
朝食から手を離し、自分の得物に手を掛ける斬樂々に両の手のひらを向けて嗜める男。
「とまぁ、話が少し逸れたけど。今回の件に関わった奴らを消してきてくれ。手段は一任する。頼んだよ、斬樂々。」
「まっかせてよ!でも、一つ聞いていーい?なんで全員消すの?」
「あぁ、それについてはな。ま、これからお宝を巡って内部抗争が起きるかもしれないんだし、そういう時に相手は少ない方がいいだろ?ただ、こっちから手を出せばそれこそ即抗争だ。だから、今回みたいに両者間のいざこざの隙を狙う。そうすりゃ、そいつらの相打ちって形に出来るだろ?」
「私得物が刀だから一瞬でバレない?大丈夫?」
「大丈夫、その辺は俺に任せてくれ。どうとでも出来る。」
椅子に座った男が真っ直ぐと斬樂々を見つめる。
「じゃあ、任せたよ、斬樂々。行ってらっしゃい。」
「はーい、行ってきまーす!」
ドア…では無く、窓から飛び出していく斬樂々を優しい眺めている男。
「…ここ、3階なんだけどなぁ…。ま、いいか。斬樂々ならそのくらい大丈夫でしょ。」
男は肘掛けを使って頬杖をつく。傍にあった資料を取り、少し笑みを漏らす。
「さて、あとは子供達に任せて、俺は高みの見物を決めようかね。」


斬樂々と男のやり取りから数日。その日のロンドンは雨だった。清澄も汚濁も洗い流していく雨が重く、暗く、しとしとと降り続いていた。
街を眺めれば、誰も居ない。いつもはゴミ置き場を駆け回るネズミに、おこぼれに預かるカラスも居るというのに、今日は誰も居ない。
皆、雨から逃げる様に、屋根の下に逃げている。誰もが、この重苦しい雨が止むのを願っている事だろう。
その誰の姿も見えない街路に、レインコートを羽織った男が細い裏路地から飛び出してきた。逃げているのだろうか。レインコートのフード部分は風に捲られ、その顔は雨に濡れてぐしゃぐしゃになっている。
「っ…はぁ…はぁ…っ!はぁ……」
その者は、たまたま門の空いていた建物に逃げ込み、追っ手から身を隠したようだ。
「…………っ、はぁ………………っ!」
その建物の前を、何人かの人間が駆け抜けていく。どうやら、建物に逃げ込んだ男に気付かずに行ってしまった様だ。
「……助かった…っ!んぁ?あぁ、ここ…、教会か…。はっ、神様が、助けてくれたのかな…。」
男は逃げ込んだ先は荘厳な十字架が掲げられた教会だった。こんな雨の日、礼拝に来る教徒も居ないのだろうか、それとも男の為に偶々人が居なかったのか、とにかく、その教会は男が逃げ込むのに丁度良かった。
「はは、普段から祈りを捧げておいて良かったぜ…。」
見た目の割に信心深かった男は、この状況で落ち着く為に懺悔室へ入っていった。神父様か聖女様でも居れば、この心の奥に詰まった不安や恐怖、そしてその原因となった自分の罪を吐き出して楽になれる、そう考えたのだろう。
「……誰も、居ないのか…。そうか、そりゃそうか…。こんな雨の日じゃ、神父様も…。」
懺悔室の椅子に力無く座り込み、壁に身を倒した時だった。
「いいえ、居ますよ。神父様ではありませんが、私は居ます。」
向こうの部屋から女性の声がしたのだ。驚いた男は姿勢を正し、部屋の向こうの聖女に語りかける。
「…今日は、本当に神様の思し召しを受けている様だ。」
「それは良かったです。…それで、今日は、懺悔に来たのですか?」
「…あぁ、こんな時だから洗いざらい話させてもらいたい。話さないと、やってられない。」
男は数日前から起きている自分の受難を話し始めた。
「……もう、逃げたとしても希望が見えない。裏切り者は、見せしめに凄惨に殺される…。今だって、俺を殺して手柄を上げたがってる連中に追われてるんだ…。俺はもう十分に生きた。最後は、綺麗に死にたい…。」
男は、ポツリと呟いた。
「そうですか…、もし、もしあなたが本当に綺麗に死にたいのでしたら、今祈りを捧げましょう。今日は主の思し召しが、あるかもしれませんからね。」
部屋の向こうの聖女が語りかける。
「あぁ、そうだな。祈らせてもらおう…。」
男は手を合わせた。それから少し間を置き、聖女が話し出す。
「まずは、主の声に耳を傾けてください…。」
「迷える子羊よ…。貴方の罪を、告白して下さい。」
男は、自身の今までの罪を洗いざらい吐いた。長年尽くした組織を裏切ってしまった事。目先の利益に囚われ、恩に背く真似をしてしまった事。嗚咽混じりの声で、心から反省する様に男は声を搾り出した。
「それでは、主の赦しを求め、心からの祈りの言葉を唱えて下さい。」
信心深かった男は、何も見ずに祈りの言葉を諳んずる事ができた。
「憐れみ深い主が、貴方に平和を与えて下さいます様に。主のみ名によって、貴方の罪を、赦します…。」
「エイメン…。主に立ち返り、罪を赦された人は幸せです。ご安心下さい…。」
聖女がそう話すと、世界は雨であるにも関わらず、懺悔室に光が差し込む。暖かな光は、懺悔を終えた男を包み始める。
「あぁ…とても、心地良い…。俺は…幸せ…だ………………」
光が消えると、男の声は無くなっていた。
「貴方の魂に、永遠の安らぎあれ…。」
聖女が懺悔室から出て、男の入っていた部屋のドアを開けると、男はそこで安らかに眠っていた。その表情は一切の苦痛から解放された様に安らかで、最期の瞬間が男にとって安息の時間であったことを示していた。


「光が見えたんで見に来てみれば、さーっすが聖女サマだね!綺麗なお手前だ!」
教会の柱の影から斬樂々が現れる。
「斬樂々さん、あんまり主の前でみっともない格好を見せないでください。」
「お堅いねぇ。じゃ、私はあっち仕留めてくるから!彼、良い釣り餌だったね!」
「…えぇ、それは、その通りでしたね。」
斬樂々と聖女は、信心深い男ならば、偶然逃げ込んだ先が教会なら懺悔をするだろうと踏んでいた。実際、男は2人の目論見通り、懺悔を行った。
当初の目標のうち、1人は消した。もう1人、否、もう1組。教会で死ぬ事ができた男は幸福だ。最後の瞬間は安息であったのだから。


「アイツどっちに逃げやがった!こっちじゃなかったか!?」
「一本道なんだ、多分どっかの建物の中に逃げ込みやがったんだ!」
場所は変わり、土砂降りの街路。男を追っていたであろう集団が来た道を引き返し、入れそうな家屋を捜索していた。
「くそ、どこにも居ねぇ…そこに行きやがった…。」
「ちょっと待ってくれ…、何か聞こえないか…?」
リーダー格だろうか、先頭を走っていた男が立ち止まり耳を澄ませた。
「…あめあめ 降れ降れ、母さんが〜♪」
雨で塞がった視界の向こうから、女性の歌声と人影が見えた。この土砂降りの中、傘も差さずに男達へ向かってくる。その女の片手には明らかに傘ではない物が握られていた。
「なんだぁ、なんの歌だこれ?」
「英語じゃない、どこの言葉だ…?」
やがて、お互いその姿がはっきり見える距離にまで近づく。
「や!裏切り者を自分達だけで始末してぇ、利益を得ようとするクソ野郎ども!私が直々に粛清に来たよ!」
「くそっ、敵か!お前ら構え…」
リーダーが指揮をするより早く、居合抜刀は行われていた。雨を切り裂いた剣閃は、リーダー格の男の上半身を袈裟に切り裂いていた。鮮血が雨と混じりながら宙へ飛び散る。
「敵だと思ったらすぐに攻撃しなきゃ駄目だよ!じゃないと手出しも出来ずに死んじゃうよ!」
その勢いのまま踏み込み、切り上げた刀は後ろに控えていた部下であろう男に、何もさせないまま切り裂いた。あまりの傷の深さ、痛み故に最後の抵抗もできず、糸の切れた人形に様に地面に崩れていく。
「あんたらで最後!さぁ、覚悟して!」
やっとの事で武器を構えた男達、しかし、目の前で仲間が斬り殺される風景に数秒、いや一瞬怯んだのが不味かった。構えなど意味をなさず、斬樂々の高速の剣閃が男達を切り裂いていく。鈍い銀色が路地で淡く光り、血飛沫が宙に舞い、飛び散る返り血は雨によって流されていく。男達は、悲鳴の一つも出せないまま、1人、また1人と地面に崩れていく。
そして、長雨が止み始めた頃。最後の1人も、地面に沈んだ。足下に倒れる骸の衣類を使って刀の血を拭い、差し込み始めた陽光を反射する刀を斬樂々は鞘へ収めた。
「ふぅー、危なかったぁ。不意打ちだったから勝てたけど、真正面からだったら絶対負けてる人数差だった。調べてたより結構大きめのチームだったな。」
雨に濡れる髪を掻き上げて、斬樂々が一息ついた時、建物の影から茶髪の男が現れた。
「流石だね斬樂々。全員切り伏せちゃうなんて。俺のサポートは必要なかったみたいだね。」
「あ、見てたんなら助けてよぉ!危なかったんだよ!?1対5だったんだよ!?」
「いやぁでもすごいねぇ!良いものを見せてもらった。」
他人事の様に男は済ませて、死体を確かめる。
「うん、良い感じに刀傷が刻まれてる。これなら…っと」
建物の影から、男は大きなずた袋から、懺悔室で死んでいた男を取り出す。
「こいつが護身用に日本刀を買ったという記録を偽造した。で、こいつはここでこの5人と大立ち回りをして死んだ。これが俺の用意したストーリーだ。」
袋から取り出された男は、教会で見た時より幾らか損傷されていた。腕にナイフが刺さったり、切り傷が増えていたりと。まるで誰かと戦って討ち死にしたと思わせる程に。
そして、遺体をセットした傍に、斬樂々が扱っていた物とは違う日本刀をセットした。
「こういう遺体の処理は警察達の仕事。幹部方が実際に観にくるわけじゃない。ある程度手を抜いていても、一般人を騙す程度ならこれで良い。」
手をパンパンと払い、一仕事終えたと言わんばかりに背伸びをする男。そのガラ空きの脇腹に斬樂々は蹴りを入れる。
「そういう事するんだったら先に言え!というか、その準備は全員やった後でも良かっただろ!お前だけ手抜いてるじゃないか!」
「いっだぁっ!ごめんごめん!!今度美味しいお菓子ご馳走するから許してよ!」
「1週間私にお菓子を献上しろ!」
虹のかかった空の下、屍の道を和気藹々と離れていく2人。雨は止んだが、未だ人の姿は見えない。もともと人通りの少ない通りでの戦いであった為、死体が見つかるのは恐らく明日以降だろう。長雨の影響か、足元は未だ混沌としており、足跡から今死んでいる6人以外の関与を見つけるのは至難の業だ。

そして次の日。世間の人々が既に仕事を始める様な時間帯。大通りを気分良さげに通る斬樂々がいた。
いつもに建物の前に立てば、ひょいと身軽なそぶりで建物の外壁を登っていく。
「ねーねー!朝刊見た!?死体、見つかったって!」
建物の窓から部屋に入り込んだ斬樂々が、デスクで仕事をしている茶髪の男に駆け寄る。
「あぁ、あぁ見たとも斬樂々。ちゃんと見てるさ。」
軽く耳を塞ぎながら男は穏やかな顔で斬樂々に顔を向ける。
「目論見通り、ちゃんと相討ちって形で報道されたね。斬樂々が余計な証拠を残さなかったってのも、今回の計画が上手くいった要因だった。はい、これ報酬とお詫びのお菓子。」
「お、これ結構並ばないと買えないじゃん、分かってるねぇ。流石は私の上司サマだよ。」
紙袋を奪い取る様に掴み、デスクの近くにあったソファに腰掛け中身を確認する。色取り取りのお菓子に魅了される姿からは、昨日の人斬りの姿は微塵も見えない。
「じゃ、駄目にならないうちに食べちゃってくれ。俺も保存がきくやつを選べば良かったんだが、折角頑張った斬樂々へのご褒美だからね。高い物を選んでたら、少々、ケーキの類が多くなってしまった。」
「え!嬉しい!もうすぐ食べちゃう!今食べちゃう。朝ごはんまだ食べてないし!いっただきまーす!」
ソファの前のローテーブルにお菓子を広げた様子は小さなお茶会。お茶会の主は美味しそうにお菓子にありつく。その様子を男は柔らかな表情で眺めていた。
男は足を組んで窓の外を眺めて、小さい声で呟く。
「人生って…やっぱり楽しいなぁ〜。」
お菓子に夢中の斬樂々は、その何の面白みもない、くだらない呟きを聞くことは無かった。
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ヘルさん (912sms6h)2024/4/29 10:33 (No.103869)削除
ぱちり、目が覚めた。どこだろうか

ここは、見覚えがない、
体を起こし、辺りを見ると、見知った影が、
リイナとオルカが、いる、……ハグしに行きたい、ごめんね、って彼達に言いたいんだ。

だけど、



許される?


自分のせいで、彼らは死んだの、言える?下を向いて、泣いてしまった、


自分が

憎い

死ねばよかった

裏切りなんて

馬鹿みたいなこと

しなきゃ良かった


なんて


彼が蹲って泣いていたら



温かい感触。

顔を上げる。

「玲亜、」


優しい微笑みをかけてくれる、




綺麗な青髪

「リイナ、」

「ごめん、ごめんね、辛い思い、させちゃった、四肢も、怪我させちゃって、死なせちゃって、俺を、恨んでいいから、」

羊はふるふると首を振る。



「大丈夫、大丈夫だから、ね?








俺の最期の言葉、聞いてた?」



もちろん聞いてた





『一生恨んでやる!!恨まれて死ね!!クソ野郎!!』






「ダメでしょう?あんな言葉、言っちゃったら、」

優しく、母親のように頭を撫でて言っちゃう。

「おれ、一生あいつを恨むから、」

もう、決めたからなんて言う彼を優しく、


優しく包み込む。

「リイナ、もういいよ、」

そう言い頭を撫でる。

「んじゃ、やめる」


偉い子だね、リイナ、


『玲亜』


懐かしい声がした。温かみのある、少し低い声。




「雷真さん!!」



気づいてたらハグしていた




雷真さんだ、雷真さんだ…!!



『はは、玲亜〜?リイナくん達見てるよ?』




自分と同じ黒髪赤目のお父さん、俺を育ててくれたお父さん。


「俺のせいで…、俺のせいでごめんなさい、」




死なせてしまった。




『いいよ、もう、』





自分の子供達(リイナ、オルカ)は…あぁ、手を繋いで微笑んでいる


『代わりにいいもの見させてもらったしね、』


え…?え?ちょっと?


「ら、雷真さん…??それはどういう…?」


『玲亜、ボスの事好きでしょ?いいねー!!父さん楽しかった!』



それを聞いた瞬間自分の顔が赤くなってることが分かった。


「もう、言わないでください…」微かな声が出て行く。

『あーーー、でも君キs…』


「それ以上言うなー!!!」



彼の口を塞いだ。少しして外したけど。



『はいはい、言いませんよ。そして…地獄行きだよ、みんな』




「みんな…!?オルカ!?」



みんなで地獄行き、オルカも行くとは思わなかった。


「僕もみたいです、みんなと一緒なら大丈夫です!」


『らしいよ、なら、行こうか、』


「……はい、」


裏切り者は思うだろう。




クラメットに、あなた方に奇跡が起こりますように。
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おもちさん (93jjsr1o)2024/4/13 15:32 (No.102297)削除
【 道化師と人形 】


舞踏会で出会い、禁断の恋に落ちたキャピュレット家の娘と、モンタギュー家の息子。互いの愛を追いかけて、その命を以って双方の家に真実の愛を証明した……そんな男女の話。

これもまた、とある舞踏会から始まった、道化師と人形の話

シェイクスピアの最高傑作の一つである『ロミオとジュリエット』……自分がその男役なら、己の生涯を以って愛する女性は、果たして誰なのだろうか。かつて真っ赤なバラが咲き誇る庭園で出会った、お人形のような少女も、形から始まったけど確かな愛を向けていた婚約者も、今は居ない。

「最後まで分からないなぁ」

モンタギュー家の息子と同じ名を与えられた男のガラス玉に映るは、蝋燭の炎が揺らめく様。

─────今宵、己はこの世界から消えることになる。

もちろん本当に命を断つ気など更々ない。が、感情を失ったことで"ノア"が死んで自分が生まれたのなら、その逆も然り。いつかは起こること。分かり切っていたことだ。元より感情はない訳だし、何も躊躇う必要はない。

リオは、自分達のせいで酷く悲しい思いをさせてしまった。エトワールもそう。救い方も、笑わせ方も、何も分からなかった。きっと今も、自分達は見つけられていない。……いつか、正常な位置に戻る日が来たらいいのだが。人のことをとやかく言う前に、自分も正しい場所に帰らなければ。エリザベスに言われたように、フェリスに言われたように、己はノアと全く違う。目的の為だけに存在する、感情を持たないただの操り人形。

だから、在るべき場所へと戻るのだ。

本は本棚に、ゴミはゴミ箱に、絵は額縁に…………人形は、ガラスで出来たケースの中に。蝋燭の火によって灰となった紙を、男は再度燃やす。灰ですらなくなったそれを水に溶かせば、全て元通り。

戻っておいで、ノア。貴方はスターを目指し続けるエンターテイナーなのだろう?そんな貴方がステージに立たないなんて言わせない。どちらが主役だとか、用済みだとか、そんな物はどうだっていい。道化師は、人形と共に踊るのだ。太陽も月も関係ない!!星だけが彩る新月として、どちらもこの最高な舞台に立って生きれば良い!!!ロメオ・ノア・レイモンドが舞台を降りるなんて、ショーを辞めるなんて、己は絶対に許さない!!!!!

透き通った液体に薄墨が広がる。

水が染まっていく度に思い出す。世界は美しい物ばかりじゃない。辛くて、苦しくて、怖くて、悲しくめ……背負いきれない程の出来事が溢れているし、時には恨みや憎悪のような、黒い感情を抱くこともある。

だけど、それと同じくらい、楽しいことで溢れている──────!!!!!

その夜、ある記憶を思い出した。とある怪盗と出会った際に見た……新月の日に行われたマジックショーのことを。



『 やぁ"𝓖𝓮𝓶𝓮𝓵𝓵𝓸"気分はどう? 』

「 おはよう"𝓖𝓮𝓶𝓮𝓵𝓵𝓸"最悪で、最高の目覚めだよ 」



彼は…否、彼らは、二人で生きることを選んだ。たとえそれが儚くとも、人形は道化師の一部だったから。

ドーナツの穴だけを手に取ることが不可能なように、ロメオが存在したと証明する物は一つとしてありはしない。たった数週間しか生きられなかった、どこまでも透明な存在。貴方達の記憶から消えた瞬間"ロメオ"という男は死ぬし、覚えていたのなら生き続ける。だって、ノアの中に存在する人形を証明することは出来ないもの。


……さて兄弟、まずは何をしようか?

もう決まっているだろう?

嗚呼、そうだとも。

僕ら"ロメオ・ノア・レイモンド"が目指すのはただ一つ。



「『 ハッピーエンドを作りに行こう 』」
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ヘルさん (912sms6h)2024/4/3 07:55 (No.101198)削除
XXXX年4/21(晴)
今日から日記を付けようと思う。俺の誕生日兼幹部になった日
だから日記を始めようと思う。結構続くのかな。分かんないや。
今日もあの子に会ってきた。もうそろそろ、リオさんに話してもいいかもな。
今度話してみるか。リオさんかっこよかったね。


XXXX年4/29(曇)
結構日にちが経った。
幹部として慣れない事が多すぎて日記書けなかった。
これはただの言い訳。今日リイナを連れてリオさんの所に行った。
自分の下に置いて欲しいって、そしたらOKだった、やったね。
幹部として頑張んないと、後でリオさんにお菓子、あげようかな


XXXX年5/11(晴)
やっぱり幹部になったら後ろ指差されちゃう。
日本人だからかな。非能力者だからかな。
コネを使ったとか、誰か使うか嫌だな。実力で上がって来たのに
幹部の仕事はまだ慣れない。早く、慣れないと。認めてもらえないリオさんの迷惑になっちゃう


XXXX年7/26(雨)
幹部になってから結構時間が経った。幹部の仕事にも慣れて来た。これで役に立てる。認めてもらえる。やったね。
他の幹部さんとも仲がいいし結構楽しい生活。
リオさんも優しいし、クラメットにいてよかった。


XXXX年8/21(猛暑)
ものすっごく暑かった。今日はコートは脱いで、
いや夏は脱いでたなまぁ、暑かった。
水を被ろうかしてたリイナを止めたのはいい思い出
風邪引かなくて良かった。

XXXX年10/21(快晴)
今日、悪夢を見た。家族が死ねって言ってくるの。嫌だよまだ死にたくない、怖いじゃんか、生きたいよ。
リオさんにもまだ会いたいし話したいし、幹部のみんなとも話したい。
師匠の代わりに精一杯生きてやるって決めたから絶対に死なない。


XXXX年12/25(雪)
もう冬になった。結構寒い。布団から出たくないんだよね。ぬくぬくで毎日過ごしたいけど無理なんだよねぇ…。
。今日は比較的暇な日。なので日記とか、名簿とかまた見直そうと思う。お菓子作りもいいかもね。
やりたい事がいっぱいだ。ヴィクトリアケーキを試作してみようかな。


XXXX年12/31(晴)
ものすごくいい晴れの日だった。大晦日なのにね。
心地よく新年迎えれそう。何を作ろうかな。
リイナと一緒に夜の街歩いてもいいね。
リオさんとも話したいけど、起きてるかな?


XXXS年1/6(晴)
新年1発目の日記だー!!
結構ウキウキしてるんだよね。でも今日は師匠の命日だ。
師匠とまだ一緒に居たかったんだよ。初夢を見た。
師匠と遊んだ夢だった。楽しかったね。また遊びたい。
今度リオさんとも遊びたいね。遊ぶって言うかお茶会かもしれない、



XXXS年1/24(雨)
今日やな話を聞いた。
俺の話、非能力者、東国生まれ、
役立たずと化すだけ、誰の役にも立たない。
ただの人間、表社会で生きろ
うるさい、俺が頑張って生きてるのに。


XXXS年2/8(曇)
今日も聞いた。
嫌な話、誰にも話せなかった。辛い。だけど昔よりかじゃない。
大丈夫、まだ、頑張れる。まだ、弱音を吐いちゃダメ。
あいつらに隙を見せるな。そこを突かれちゃう。
誰にも弱音を吐くな。うん、頑張れる。


XXXS年2/27(晴)
今日はリイナと日帰りで海まで行ってきた。
潮風が心地よかった。まだ冬だから、結構冷たかったけど。
美味しい物も食べた。最高な1日だったよ。


XXXS年3/11(晴)
今日はリイナの誕生日プレゼントはスーツベスト!
なんだかシャツだけだったから物足りないって思っちゃって
買っちゃった。結構高かったけど大切に着るって言ってくれたから買ってよかった。でも、
リイナが1番笑顔だったからいいね。


XXXS年3/25(物凄く晴)
雲がない綺麗な青空だった。悩み事なんてない空。なんか好き、
最近思っちゃう。なんで俺は無能力者なんだろうね。俺だって能力者が良かった。
そしたらあんな事言われなかったのにこれ、誰かに見られるのかな?
えー、リイナしかいないね。
あいつ、いつも人の見るね。

XXXS年4/9(晴)
はぁ、眠い、暖かすぎて寝るっていうのは本当だね。
眠くなっちゃう今日は別にすることも無いし、
寝るのあり。よし、ねよう


XXXS年4/21(雨)
今日は俺の誕生日、あーあ、雨。なんでだろ。
気が沈んじゃう。リイナも、リオさんも祝ってくれた
けど、頭が痛すぎて泣いちゃいそう。きつい日になっちゃた。


XXXS年5/9(雨)
雨が多すぎる本当にきつい。もう吐きそう。あぁ、死ぬ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーここから先は、破られていた。



XXSS年3/11(晴)
結構のページを破っちゃった。まぁ、仕方ない、
リオさんについての事とか、言の葉の矢が刺さったりとかね?あ、これカッコつけるためにしてないからね
。さて、今日はリイナの誕生日!結構時間が経つのが早かった気もするけど。結構楽しかった。

XXSS年?/??(?)
今日、単独で出かけた。夜に、理由は一般構成員の減少が激しいため。それを探った。
ーーー街ーーのーーの裏路地、一般構成員のーーー・ーーーが死亡の状態で見つかり、
正体は所属不明、ーーーー・ーーー・ーーーーー、確かではないけど、ーーさんの兄か弟、
多分兄。そして疲れた。眠たい。また今度。


XXSS年3/??(?)
今日は本当に大事な任務、幹部として頑張んないと。ダメだよ。
イースターエッグをアルセーヌルパンを捕まえるために頑張んないとね。

ちゃんと、出来るかな。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
最後のページ(残り3枚)

ここまで見てくれたんだ。ここまで読むのはリイナかーーさんだけだと思うけどね、まぁ、2人に話をしよう、



まずはリイナへ
最近、迷惑かけてばっかりでごめんね。いつも、俺が体調悪い時ずっと介抱してくれたよね、ありがとう。俺嬉しかった。リイナに迷惑じゃないって言われて、涙出そうだった。もう何年も前になるけど、会った日。俺綺麗って思ったの。綺麗な青髪に、綺麗な緑色の瞳とっても好きだった。なんせ自分の弟子にしたいって思ちゃったの。俺が死んだら、コートと、眼鏡大事にしてよね、って言おうとずっと思ってたけど、まだ死なないからいっか。って思って行ってなかったの。だからここに書いとくから、覚えといてね。ちゃんと、大切に持っておいてね。


そして  さん。
今までめっちゃ迷惑かけましたよね。ごめんなさい。
ーーさんに直接言えない事を1つ言います。
俺、8歳の時に人を殺しました。自分の姉を殺しました。
そこから、血が綺麗に思たんです。素敵だなって、クラメットに入るまではこの性格だったけど、
クラメットに入ってからはこの性格隠してきました。誰にも嫌われない為に、温厚で優しい俺を演じました。
これだけ、言えなかった事です。引きましたか、ごめんなさい。
俺はーーさんの事、愛してます。だけど、もう古参の奴らからの言葉。俺を良くないと思う奴らの言葉。
思ったんです。俺、ここにいていいのかなって、ーーさんを愛していいのかなって。我儘でごめんなさい。
心から好きでした。愛してました。
こんな俺を仲間にしてくれて。ありがとうございます
愛してます。ーーさん。


ーーーーーーーこの日記はここで終わっている。
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ヘルさん (912sms6h)2024/3/29 07:05 (No.100416)削除
ーーー玲亜君が体調不良のお話ですーーー
朝。雨、ふざけないでほしい

頭が痛くなるではないか、

彼は偏頭痛持ちである。

ズキズキと酷く痛む頭を押さえつつもシャツを着て、コートを着て、赤い目を隠す様に色付き眼鏡を付ける。

この作動(マニュアル)は、もう、めんどくさい。
出勤、廊下で会う構成員達。

今までの時間で変わった事がある。

少し頭痛が酷くなった気がした。だけれど幹部がそんな事で休んでられないと。

ちゃんと幼少期に作り上げた微笑みを浮かべる。

事が起こったのは昼時。場所は執務室。仕事部屋だ。朝時は結構酷かった頭痛がもっと酷くなり吐き気が来る。

やばい、そう思い椅子から降りてうずくまる。吐きそうなので口に手を押さえ、うずくまる。

頭が変なようにぐるぐると周り、何かに酔った感覚になる。横になろうと床に横たわる。汗が出る。やばい、そんなとき、意識が消えた。

起きたのは昼が過ぎた頃。天井が違う、ベットの感触、自分の部屋ではないそんな時、ドアが開かれた。


入って来たのは青い髪男、片目隠し、緑の目。リイナか、


「玲亜…!大丈夫??」
心配の声


「うん、大丈夫…ではないけど、楽にはなったよ」
嘘の声


「そう?良かった、俺飯持ってくるわ!」
安心の声


「うん、ありがとう」
嘘の声


彼が行ったことを確認して、自分も外へ出る。吐かないように、

ゆっくり目に走る。








どれほど時間がかかっただろうか




部屋(自室)についた、

煩いほどの耳鳴りも付いてきた。気持ち悪い、吐きそう、

だけれども吐いちゃ駄目って言う自分がいる。

気持ち悪い、吐いたら迷惑、幹部として失格、


いつから吐けないようになったんだっけ。















あぁ、幹部になった時からだ。




その瞬間に液体が喉に込み上げる。


ツンとする臭いそれで涙が溢れるこの感覚、久しぶり、


”吐きそう”


「お゙ェえ゚ッ゙…。」


嘔吐


朝から何も食べてなく、出るのは胃液だけ。

その時、誰かの手が背中に当たる。

バッと後ろを振り返ると、リイナが


「なんでいなくなってたの。」


「ごめんなさッ…」

お願い許して、迷惑かけたく無かったの。


「もう、全部吐けた??」

あれ…?怒られない…??

「う、。うん…、」

戸惑いの声

「俺が片付けるから、玲亜は横になってて?」

そう言われた、俺は分かんないけど、倒れた。いや、寝た気がする


だけどまた。







———また、迷惑かけちゃった。
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ヘルさん (912sms6h)2024/3/9 17:07 (No.98010)削除
クラメットマフィア幹部反間玲亜  


過去編ソロル第一弾(第二弾あります)



「綺麗だよ、姉さん」





彼の名前は反間玲亜。”霧の都”ロンドンにあるクラメットマフィアの幹部である。だが彼は色々と珍しいのだ。
彼は”非能力者”であり極東生まれの者である。何故彼が能力主義のこの裏の世界で幹部をしているのか。何故彼は極東から遠く離れたロンドンに来ているのか。

彼の誕生は4月21日。夜に産まれた子は綺麗な黒髪に綺麗な赤い瞳。親の遺伝子を継いだのだ。両親は勿論、兄、姉も誕生を喜んだ。この子の名前は「玲亜」
玲は冷から、冷たい子にならないようにその漢字にした。
亜は出会った人に”ありがとう”と言って貰える子になるように
そう名付けられたのである。名付けられた名前である




生まれて三年。母から勉強を虐げられていた毎日。「兄、姉のようになりなさい」と、同じ事を言われてきた。
勉強で上手く成果が出ない時。家族全員に無視された。構ってもらえなくなった。
それからはずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと!!!!!!
勉学も武術も茶道も箏曲も仏教も舞芸も全て全て全てに全力を注いだ。
だけれども一度も家族が俺に振り向く事はなかった

何で?何でなの?お母様、俺、頑張りましたよ?一生懸命頑張ったよ?寝る間も惜しんで勉強もしたよ?
他の子と遊びにも行かずに頑張って勉強したよ?と母様に聞いた。
















「お前は出来損ないなんだよ、何で言われたことが一度にできない!?」
と怒られた。意味がわからない“全て”を完璧にこなした。兄、姉にも笑われた。悔しかった。












もう






死んで欲しかった。



この世から消えて欲しかった。



早く消えろ消えろ消えろ!!って泣き叫んだ時もあった。

そしてある日の夜。
家に盗賊が押し入ってきた。俺以外の家族が死んだ。居間で談笑してる時に死んだ。俺は勉強していた。
事に気づいたのは3時間後。勉強していて気づかなかった。家が静かだ。確認をしに居間へ行くと

母は腹から内臓が出て死亡

父は首を斬られ、首から上がない。死亡 その首は綺麗に机の上に置かれている。

兄は四肢を斬られ心臓をひと刺しで死亡

姉は腹に傷、致命傷を負っただけ。

姉が「玲亜ッ…!お前の大好きなお姉様を助けてちょうだい」と言ったきた





   コイツ
あぁ、姉さん邪魔だな。
「姉さん!今”楽”にしてあげる」

「ありがとう!玲亜!お前は自慢の弟だ」


腹に刺された刃を抜き姉の喉をひと刺し。
姉は静かに死んだ。綺麗だった。俺に刺された喉を中心に血が花のように飛び散った。
そこで初めて血が美しく見えた。


「綺麗だよ。姉さん」 



その時の彼は酷く美しい笑顔を浮かべていた


反間玲亜は幼少期の頃初めて殺人を犯した。

その被害者は「反間玲亜の姉であった」
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みかんさん (90xrbk4n)2024/3/1 08:34 (No.96878)削除
くらめっと〜秘蜜のパンケーキ〜

もうすぐ春の訪れを喜ぶパンケーキデイ。イギリス中パンケーキの匂いに包まれている。今年も春を迎えることが出来た。今年も生きられることが出来たと噛み締めながら、パンケーキを作っていく。市民の笑顔を横目にリオは赤い目を細くして笑みを浮かべる。そろそろ目的地のお店まで着くはずだ。以前から気になっていた茶葉屋だったから、楽しみで仕方がない。心を躍らせていると横道から黒い手が現れて、白いリオを路地裏に引っ張ろうとするだろう。まさかの事態に護衛達は追いかけていくが、連れ去られたはずのリオがいない。どこに行ったんだ!?探せ!と護衛達は散り散りとなる。

「あははっ!アイツら間抜けじゃん!"上"を見ようともしない」

真っ白なリオをお姫様抱っこをして、高らかに笑うのはリオもよく知っている人物。15年前にクラメットマフィアから離脱をし、今はどこにいるのかも分からない裏切り者ライアン・ハント。そして、リオにとっての初めての親友。

「な、な、なんで?」

リオは戸惑いを隠せなかった。ノアと会った時には逃げられたのに、今は一緒に屋根の上を飛んでいる。一体何が目的なのか。どうして自分を攫ったのか。クラメットを襲う理由は。色々と聞きたいことがあるはずなのに、久しぶりの親友の顔を見たら、つい、リオに戻って"元気そうでよかった"なんて思ってしまう自分に、組織に対して罪悪感を覚える。

「なんで?今日からパンケーキデイだろ。一緒に食べたいなと思って」

そういい、たどり着いたのは小さな小屋。一人住むには十分だけど、リオからしたらあまり見かけないものだから、物珍しくって仕方がない。外には木材で出来た二人用の椅子と、小さな丸い机が置かれていた。リオを椅子に降ろすが、逃げられなくする為か粘着のない糸で椅子の足とリオの足を結ぶ。相変わらず用心深いなと思いながらも、自分とライアンじゃ戦いにもならないことは分かっているから、大人しくしたまま。そんなリオを見てご機嫌なのか鼻歌混じりに外に取り付けられている焚き火でバターたっぷり入れたフライパンに薄く生地を敷いて、焼いては皿に乗せて、焼いては皿に乗せてを繰り返す。3枚ずつ焼けたら砂糖を振りまいて、盗んできたレモンのくし切りを載せれば完成!

リオの前にはレモンのパンケーキと、木で出来たナイフとフォーク、2回目の紅茶が置かれた。

「うさぎちゃんのとこの料理みたいに豪華じゃないけど許してくれよ?」

いや、許すも何も置いたのはランじゃないかと言いたくなるけど、彼はいつだってそうだ。自分がやると決めたらとことんやるタイプ。やめろと言ってもやめはしない。美味しく焼かれたパンケーキを頬張るライアンと、食べても大丈夫なのかと口にしないリオ。そんなリオに痺れを切らしたのかライアンはリオのパンケーキを自分のナイフとフォークで切り分けると、リオの薄い唇にパンケーキを押し付ける。

「オレが毒を入れると思ってんの?このオレが?アイツらと一緒にしないでほしいなうさぎちゃん」

睨みつけるようにエメラルドの目が細くなると、リオはビクッ!と肩を震わせた。毒が入っている……とは、ランに関してはないと思っている。だが、食べることで、自分は目の前の裏切り者を信用したことになり、組織の皆に対する裏切りになるんじゃないかという不安。リオとしての自分と、ボスとしての自分が天秤にかけられ、傾いたのは、"リオとしての自分"だった。差し出されたパンケーキを受け入れるために、口を開くとパンケーキが口の中に押し込まれる。罪悪感を噛み砕くように、咀嚼すると、砂糖の甘みとレモンの酸味が口の中で広がり、青春の記憶を呼び起こしてくる。

「美味しいよ」

「だろ!?オレ頑張ったんだぜ」

嘘偽りのないリオの言葉にライアンは嬉しそうに子どもみたいに笑う。そしてリオに食べさせることが楽しいのか、パンケーキが無くなるまで食べさせ続けることだろう。リオは内心自分はもう子どもじゃないんだけどと思いながらも、嫌な気持ちにならなかったのはまた、昔に戻れた気がするからだろう。きっと、甘いパンケーキのせいだとリオは言い訳をした。

「そろそろ帰らせないと、五月蝿そうだからなー。仕方がないけど、返すか」

紅茶も飲み終えた。話もあらかたした。もうそうなれば魔法は解けるしかない。ライアンは席を立ち、背伸びをすればリオを縛りつけていた糸を外して再びお姫様抱っこをする。屋根を飛びながら進んでいくライアンに対してリオはある質問を投げかけた。

「なぁ、ラン。どうしてクラメットから離れたんだ……」

ずっと聞きたかったこと。15年間貴方は突如家族を皆殺しにして、クラメットから姿を消した。そして、始まったのがクラメット狩り。もしかして、自分の"あの言葉"のせいなんじゃないかとずっと不安を抱いていた。ライアンはそんなリオに対して、優しく微笑みかける。

「秘密」

屋敷道に続く場所でリオを下ろした。どうせいなくなったことは屋敷でも広まっているはずだ。ならば、ここにいればすぐに屋敷の屑どもが見つけるだろう。ライアンは最後リオの頭を撫でれば、囁いた。

「今日のこと忘れないでくれよ?いつかまた"一緒"になった時に笑い話にするんだからよ」

背を向けたライアンに対して、リオは手を伸ばしかけたがすぐに引っ込めた。帰ってきたところで彼にあるのは死のみだ。また昔みたいに戻れはしない。あの純粋だった頃には戻れない。リオは迎えが来るまで、ずっとライアンの去った方角を見ていた。リオはきっと忘れない。レモンの香るパンケーキの味を。誰も見ていない秘密の園で語ったお話を。甘い甘い秘蜜と共に心の中にしまい込んだならば、クラメットへと帰っていく。

「そう、またいつかオレ達は一緒になるのさ」

白の首を片手に鼻歌を交えながら、蜘蛛は呪文を唱える。白うさぎにかけた呪いが解けないようにってね。
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